アイスランドの民話…婦人とアザラシの毛皮

この民話の場所と背景

ミールダールルは西側にソゥルへイマサンドゥル砂原のヨークルスアゥ川、東側にミールダルスサンドゥル砂原がある間の一帯で、アイスランドでは最南にある地区となります。ミールダルスヨークトル氷河に保護されるように広がる一帯で、肥沃で緑が豊かなところです。 

リングロードがミールダールル地区を通っていて、この辺りの中心となるコミュ二テイはアイスランド最南の村ヴィーク・イー・ミールダルレイニスフィヤットル山の麓に広がる低地の海辺近くに位置しています。ヴィークは元々は極小さな漁村でしたが1887年に交易権を与えられた後に大きく発展を遂げています。商業、軽工業そしてサービス産業が主なる経済基盤ですが最近ではツーリズムにも力が注がれています。村には、ホテルやゲストハウス等の宿泊施設やレストランがあり、近くにはキャンプ場も備わっていて、多様なアクティビティの施設も整っています。海面から66mまで突き出て並ぶ方尖塔状の岩柱群レイニスドランガルや巨大な穴を持つ海に突き出た雄大かつ奇怪な断崖の岬デイルホゥラエイへ水陸両用車で巡るツアーなども体験できるのも楽しみなところです。

ミールダールルでは、内陸部にブールフェットル、フェットルスフィヤットル、ピィエトゥルエイ等の勇壮な山々そしてアルトナルスタックスヘイジ荒れ地を抱き、海側にはデイルホゥラエイやレイニスフィヤットル山が控える、絵のように見事な景観が広がります。デイルホゥラエイとピィエトゥルエイには島を意味するエイが付いていますが、どちらも島ではありません。ピィエトゥルエイは海から少し離れた低地帯に隆起している丘で、一方、デイルホゥラエイはその頂きに灯台を有する海抜120mの岩石の岬です。デイルホゥラエイの周辺にはたくさんの岩柱があります。岩柱のうち、アルトナルドラングゥルは海辺に立ち、56mの高さのハゥイドラングゥルは海の中に突き出ています。ずっと東には標高340mのレイニスフィヤットル山が聳え、この南にはレイニスドランガル岩柱群が海面高く突き出ている光景が広がります。これらの岩柱は漁師が二晩にわたるトロール漁を終え、3本のマストを立てた漁船を岸まで曳航したときに誕生したと言い伝えられています。このとき、漁師たちは岸に辿り着くまで思った以上に時間がかかっていると不思議に思っていました。彼らはまぶしい朝陽の光線にとらえられ、漁師と舟は石になったというのです。ランドドラングゥル(土地の弧岩)など岩柱のひとつ一つに名前が付いています。かつて、ミールダールル地区にはレイニスフィヤットル山の東にはソゥルスホプン、西にはレイニスホプン、デイルホゥラエイにはデイルホゥラホプン、そしてヨークルスアゥ川のマリーウフリーズなど多くの漁業基地があり、沖合いにはアザラシの泳ぐ姿がよく見られました。民話によると、紅海の対岸に安全に渡れるように、イスラエルの子どもたちのために紅海がふたつに分けられたときにアザラシが出現したとあります。ファラオーの兵士が彼らを追いかけようとしたとき、海は兵士たちを海の中に閉じ込めた結果、兵士たちはアザラシに変身したという伝承です。神様は寛大にも彼らに1年に1度だけ岸辺にやって来て、その毛皮を脱ぎ、そして明け方まで人間の姿になって陽気に過ごすことを許したのです。ミールダールル地区に伝わる「婦人とアザラシの毛皮」の民話は斯かるようなことが実際に起こったことをほのめかすものと云えるのではないでしょうか。

 

昔々、ミールダールルに住むひとりの男が、誰もがまだ眠っている朝早い時間に、海辺に沿って崖の傍を歩いていました。洞窟の入り口にやって来た男は洞窟の中で陽気な騒ぎ声と踊りまわる音を耳にしたのです。洞窟の外にはたくさんのアザラシの毛皮が並んで置かれていました。男はその1枚を手にとって家に持って帰り、頑丈な収納箱に鍵をかけてしまいこみました。何日か経って、男は同じ場所の傍を通りました。洞窟の外にはとても若くて美しい女性が一糸もまとわぬ姿で、ひどく涙ぐみながら座っていました。女性はあの朝男が持ち去った毛皮の持ち主のあざらしでした。男はこの女性に着るものを与え、元気付けながら自分の家まで連れて行きました。女性はこの男には従順でしたが男以外のほかの人には打ち解けようとはせず、しばしば海の方を眺めながら座って過ごすのが多かったといいます。

しばらくして、このふたりは結婚します。彼らは共に幸福に過ごし、7人の子どもに恵まれました。農夫である男はいつでもあのアザラシの毛皮を収納箱に鍵をかけてしまいこんでいて、どこに出かけるにもいつも鍵を手にして外出しました。

何年か後のクリスマスに、農夫は家族を連れて教会に出かけますが、婦人は気分がすぐれないと云って家に残りました。教会に出かけるために農夫はよそ行きの服に着替えますが、この際鍵をいつも着ている服のポケットの中に入れたままに出かけてしまいました。農夫が家に戻ると、収納箱は開けられ、アザラシの毛皮がなくなっていて、婦人の姿もなくなっていました。婦人は鍵を見つけ、好奇心から収納箱を開けて、本来自分のものである毛皮を発見したのです。彼女は誘惑に抗えませんでした。彼女は子どもたちに別れを告げ、自分の毛皮を身につけると海の中に飛び込んだのです。彼女が去るとき、次のような言葉を放ったとされています。

嗚呼、我に苦悩あり

地上に7人の子どもたちを残し

そして海の中にも7人の子どもありき

男は妻を失ったことに大いに悔やんだのですが、彼には何ら為す術がありません。その後、農夫が漁のために舟を漕ぎ出すと、一匹のアザラシが舟の周りを泳ぎ廻り、その目には涙が浮かんでいるように見えました。更に時を経て、農夫は大漁の漁獲を得、彼の土地がある海辺には高価なものが打ち上げられるようになったのです。彼らの子どもたちが海辺を歩いていると、直ぐ沖合いを泳ぐ一匹のアザラシが見られ、子どもたちの歩く歩調に合わせるかのように従いて行く姿が目撃されたと云います。そればかりではなく、そのアザラシは折に触れたくさんの色鮮やかな魚や貝を彼らのために投げ与えてくれたのです。それでも子どもたちの母親は二度と上陸してくることはなかったのです。


Revised:05/11/22