アイスランドの民話…妖精の岩のボルグヒルドゥル

この民話の場所と背景

民話はボルガルフィヨルズゥルが舞台です。ボウルガルフィヨルズゥルは西アイスランドと東アイスランドに同名で2箇所ありますが、この民話は東アイスランドです。東フィヨルドに位置するボルガルフィヨルズゥルはアイスランドで最も絵になる美しい地域のひとつです。ニャールズヴィークとロズムンダルフィヨルズゥルの間に位置し、東部フィヨルド地帯の高地に切り込んでいる、東部フィヨルド地帯で最北にあるフィヨルドで、長さは5kmで幅が4km程度です。ボルガルフィヨルズゥルは、北はランドセンディから南はハプナルタンギ半島まで延びています。

近年になって、フィヨルドの先端にあるバッカゲルジという村が発展を遂げています。フィヨルドの東の沖合にはハプナルホゥルミと云う小さな島が浮かんでいます。巣ごもり期には余多の海鳥で埋め尽くされる島です。沿岸から島に向かって岸壁が造られているため、漁師にとって絶好の漁船の避難所になっています。沿岸から内陸に向かって広大で草深い谷間が延びていて、ファームが点在しています。谷は変化に富んだカラフルな山々にかこまれており、浅黒い玄武岩や青白い流紋岩が混じりあって見事なロック・フォーメーションをなしています。谷の先端部には海抜1100mを越える、暗く印象的な雰囲気のデイルフィヨットル山がそそり立っています。

バッカゲルジの村がある低地にはアゥルファボルグ(妖精の岩)と称される岩山があります。ここは昔からず〜と長い間、アイスランドの妖精が集団で住み着く中心地のひとつと信じられ、古くから多くの人々が妖精の存在を見続けてきました。古き時代には、妖精はボルガルフィヨルズゥルの内陸にある狭い渓谷カイキュダールルにある教会の礼拝などに出席していたと信じられていました。渓谷には教会の岩を意味する巨大な岩山キルキュステインがありますが、形はまるで教会のような様相をなしています。妖精はしばしばカイキュダールルの教会に馬に乗って連れ立って向かう姿が目撃されました。東ボルガルフィヨルズゥルの人々は漁業や海産物の加工業そして農業によって生計を立てています。バッカゲルジには小妖精の岩を意味するアゥルファボルグの名称がついている商売があります。岩や石を研磨して宝石やお土産品を製作して販売する商売です。ボルガルフィヨルズゥルを訪れる観光客の増加と伴にこうした品々への需要は年々増加しているとのことです。

バッカゲルジには教会、学校、商店、村役場などがあります。かつては村から更に内陸に入ったデーシャルミーリにボルガルフィヨルズゥル教区教会が建っていました。1900年代の初め頃に、この教会はバッカゲルジに移築されました。

東ボルガルフィヨルズゥルはアイスランドで最も美しい地域のひとつとして普遍的な評価を得ていますが、一方、民話が数多く残る文化的な遺産が多い土地柄としても知られています。小妖精にまつわるボルガルフィヨルズゥルの話とか隠れた民話などはとっても想像をかきたてられるものです。

昔々のことです。フィヤルザルアゥ川の西にあるアゥルファボルグに最も近いファーム、ヨゥクルスアゥにひとりの農夫が住んでおりました。彼はグズルーンと云う名前の女召使を抱えていました。夏のある日曜日、女召使のグズルーンを除いて、彼の一家は全員揃ってデーシャルミーリの教会に出掛けることになりました。女主人は彼女に羊を一箇所に集めて乳絞りをするように云い付けました。更にミルクの上澄みをすくい取り、ミルクを攪拌してバターを作るように云いました。農夫の一家が教会に向かった後、グズルーンは羊を集め始めました。雌羊の乳絞りが済むと彼女は羊たちをファームの下にある砂礫堤の方に連れ出しました。その後で、彼女は夕食の準備にかかりました。それが済んでから、彼女は雌羊たちの様子を見るために外に出て、あたりを見渡しました。そのとき、彼女はファームの下の小道に沿って多くの人々が馬を走らす姿を見たのです。その人たちは鮮やかな色合いの衣服を身にし、元気で立派な馬に乗っていました。グズルーンはひどく驚きました。一家の人たちももっと遅く教会に向かえば良かったのにと思いました。すべての人たちはファームの側まで馬に乗ってやって来ただけでしたが、ただひとりの女性だけは敷地内の家屋まで乗り込んで来ました。その夫人はかなりの年配者でしたが健康そうで気品の高い顔立ちをしていました。女性はグズルーンに挨拶した後、「お嬢さん、私にバター-ミルクを少し分けてはくれませんか?」と乞いました。グズルーンは走って家の中に入り、木製の水差しをバターミルクで満たし、彼女のもとに持っていきました。婦人はそれを受け取って、美味しそうに飲み始めました。その夫人が水差しから顔をあげたとき、グズルーンはその女性に「あなたのお名前は何とおっしゃるのでしょう?」と訊ねましたが、婦人は答えずにまたバターミルクを飲んだのです。そこで女召使グズルーンはもう一度同じことを訊ねたのです。婦人が水差しを空にし、ふたを置いた時、グズルーンは婦人が胴着に手を伸ばし、美しいリンネルの布を取り出し、それを水差しのふたの上に置いて、感謝をしてグズルーンに手渡したのです。それでグズルーンはさん度尋ねました。「あなたのお名前は何とおっしゃるのでしょう?」と。

「せんさく好きなお嬢さん、私の名はボルグヒルドゥルですよ」と夫人は馬に乗りながら云い、ファームから馬を走らせ、他の人々の後を追って行ったのです。その姿をグズルーンは見つめていました。彼女が最後に目にしたものは彼らがコットルトゥングルの灰色の岩影に消えて見えなくなる姿でした。この岩は教会のあるカイキュダールルに通じる目印でした。

夕刻になって、ファームの一家は教会から戻ってきました。それでグズルーンはこの日に起こった事を彼らに話して、婦人が彼女にくれた布を見せたのです。それは今まで誰も見た事のない美しい布でした。これはアイスランドの女性の間で古くから代々伝えられてきているお話です。女召使が見た騎乗の人たちはアゥファボルグ(妖精の岩)からやってきた妖精で、カイキュダールルの教会に向かう途中での話だと信じられてきたのです。


Revised:05/10/05